巨人・菅野智之投手まとめ。成績、年俸、名言、89世代

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【菅野智之まとめ】11年ドラフトで日本ハムの入団拒否→12年巨人単独指名となったのには裏(闇)の情報!?など。球種を増やす理由、一試合完投で納得する球数、「目標達成したって思う時は絶対来ないと思う。自分の中で伸びしろを感じられなくなったら僕は辞めます」

巨人菅野智之まとめ

大谷翔平、菅野智之…
プロの世界でトップクラスと呼ばれる選手は
やはり頭が良い。素晴らしい考えを持っている。
そう感じた。

名将・野村克也氏は、
「自分をわかっていて、頭を使える投手」
「ピッチングと会話ができる投手。これ以上に楽しい投手いないよ。俺も引退したけど受けてみたくなる投手。」と絶賛。

そんな菅野は18年、
クライマックスシリーズ史上初のノーヒットノーランを達成した。

彼は他の選手とは違っていた。
普通の人と同じ事をしていれば、普通の結果。
他人と違う事をすれば、他人と違う結果が出る。

そう感じさせられた菅野投手の名言が、
テレビ東京のSPORTSウォッチャーにて
菅野智之特集として報道された。

一試合完投で納得する球数

(菅野智之)
マウンドで120球投げたとしてさ、完投してさ、
自分が納得するボールって何球ある?

(西勇輝)
数少ないと思います。

(菅野)
西だったら何球?

(西)
5球ぐらいだと思います。

(菅野)
だよね。俺もそう思う。5球あったら凄いよね。
5球あったら俺、完封してると思う。
たいがいの試合、1、2球
10球完璧に投げられたら、もう俺、ノーヒットノーランしていると思う。

 
【色々な人から意見を聞く】
1年目、最初開幕から3連勝4連勝した時、
俺どんだけ勝てるのかなって正直思いました。
今だから言えますけど
もう全然楽勝じゃんって思いました、正直
でも投げていくうちに
空振りしていたボールがファールになって
次は前に飛ぶようになって
次にはヒットにされるようになって
マウンドであれっおかしいな、この前まで空振りしていたのにな
あれっバットに当たるようになったって僕、感じました。

このままじゃ絶対、シーズン勝てないと思いましたし
体ももたないと思いました。
だから、色々な人に聞いたし
内海さんに聞いたり、
バッターだったら(坂本)勇人さんとか、長野さんとか
その時まだキャッチャーが阿部さんだったので
阿部さん僕こういう風に思うんですけどって
めちゃめちゃ やっぱり阿部さんなんて雲の上の存在なので聞きづらい事を聞きに行きました。
それを感じられたから今の僕がいるって思っています。

それで、何で?とかじゃなくて
こんなはずじゃないって思ってなかったら、
たぶん、僕そこで終わってたと思います。

球種を増やす理由

自分で何か落ちる球ないかと思って探した時に、
1番しっくりくるのが、やっぱりワンシームだから
じゃあこれで挟んだらどうなるかなっていう発想。

やっぱり投げていて、
バッターのスライダーマーク相当厳しいですよ。
バッターも目が慣れてくると思いますし
もうちょっと落ち球あったら楽だと思いますし
自分がやっぱり進化し続けないと
やられてしまう世界だと思うので
毎年何かこう変化というか、そういうものを
おそれずに自分はやっていきたいと思っているので。

自分で目標達成したって思う時は絶対来ないと思う。
だってそう思ったら終わりだもん。
ああ俺もうこれでいいんだって。
伸びしろなかったら、もう逃げ道がない訳じゃないですか。
だから、自分の中で伸びしろを感じられなくなったら僕は辞めます。

参考:SPORTSウォッチャー

投球割合(18年データ)
最速154キロ
ストレート 32.7% (全体の投球割合)
スライダー 24.5%
カットボール 13.5%
シュート 11.9%
フォーク 9.3%
カーブ 7.9%
シンカー 0.2%
※新球シンカーはすぐに封印。(被打率.500)

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CS初ノーヒットノーラン

菅野は18年CSファイナルステージ第二戦で先発登板し、CS初となるノーヒットノーランを達成している。

ヤクルト 1 – 4 巨人 (第一戦)
ヤクルト 0 – 4 巨人 (第二戦)

 
ソフトバンク 8 – 3 日本ハム (第一戦)
ソフトバンク 2 – 4 日本ハム (第二戦)
ソフトバンク 5 – 2 日本ハム (第三戦)

 
【CSファイナル進出チーム(過去12回)】
2位のチーム
セ・リーグ 6回
パ・リーグ 4回 (今年はソフトバンクが進出)

3位のチーム
セ・リーグ 6回 (今年は巨人が進出)
パ・リーグ 8回
と、パ・リーグはファーストステージ3位のチームが進出する「下克上」が目立つ数字となっている。

日本人史上タイ最高年俸

【日本人史上最高タイ年俸6億5千万円】
2018年12月17日
東京大手町の球団事務所で契約交渉に臨み、
2億円増となる、
年俸6億5000万円で契約を更改した。

日本人選手では
2004年、05年の佐々木主浩投手に並ぶ史上最高額。
巨人では、球団史上最高額。
02年の松井秀喜外野手を越えた。

今年リーグ優勝、日本一になっていたらと考えると更に年俸が増えていた可能性もあった。

来シーズンも、例年通り安定したピッチングで成績を残せば、
間違いなく単独となる、
NPB・日本人選手史上最高額となる事だろう。

菅野智之・年度別成績

 

年度 勝 / 負 投球回 防御率 奪三振
13 13 / 6 176 3.12 155
14 12 / 5 158.2 2.33 122
15 10 / 11 179 1.91 126
16 9 / 6 183.1 2.01 189
17 17 / 5 187.1 1.59 171
18 15 /8 202 2.14 200

菅野智之・年俸推移

13年 1500万円
14年 7000万円
15年 11000万円
16年 13000万円
17年 23000万円
18年 45000万円
19年 65000万円

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※16年から1億アップ、2.2億アップ、2億アップと毎年うなぎ登りに年俸が上昇。

年俸はあくまでも推定とはいえ、
ここで疑問に思う点があります。
以下のUP額をご覧ください。

13年 1500万円
14年 7000万円 (5.5千万UP)
15年 11000万円 (4千万UP)
16年 13000万円 (2千万UP)
17年 23000万円 (1億UP)
18年 45000万円 (2.2億UP)
19年 65000万円 (2億UP)

14年の5.5千万円UPは、
プロ1年目、UP幅などを考慮すれば理解できます。

15年の4千万円UP…
これについては
最優秀防御率のタイトル獲得、リーグ優勝もしていて、巨人ならもっと上げても良いのではという意見もあるかと思います。

更に一番の疑問点は、
16年の2千万円UPです。
リーグ優勝は逃したものの、前年よりも個人の投球内容は良い。
しかし、10勝11敗と負け越してしまっているのです。
チームの勝ち負けは運も影響します。
9イニング1失点の好投もチームが1対0で負ければ、負け投手。
9イニング9失点でチームが10対9で勝てば、勝ち投手。

本来の巨人であれば1億UP、それ以上も期待できる個人成績だったが、
球団は「負け越し」というマイナス要因が2千万円UPという査定に響いた可能性もあるようです。

菅野智之プロフィール

菅野智之(すがの ともゆき)
1989年10月11日生まれ
神奈川県相模原市出身
186cm 95kg
右投右打
投手

東海大学付属相模高校
東海大学
12年ドラフト1位
初出場:13年3月30日
母方の祖父:原貢(元東海大相模高校野球部監督)
母方の伯父:原辰徳(巨人監督)

89年世代ナンバーワン選手に相応しい(ふさわしい) 大活躍で巨人を支える、日本球界のエース。

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▼89世代には、巨人菅野智之・日ハム中田翔ら
1989年生まれプロ野球選手まとめ。平成元年~2年

 
19年シーズンからは、菅野と同じ89年生まれの
ナンバーワン野手・丸佳浩が加入。
89世代コンビで巨人のV奪回へ期待がかかる。
19年から巨人軍エースの背番号である「18」を付ける。

 
【高校時代】
甲子園出場なし
高校3年夏の神奈川大会準決勝・横浜高校戦では打者菅野が「振り逃げ3ラン」を記録(試合は6-4で勝利)。
続く決勝・桐光学園戦で8-10で敗退。
甲子園まであと1勝であった。

▽高校時代のチームメイト
同学年:田中広輔(広島)
1学年後輩:大田泰示(巨人→日本ハム)
※田中とは大学も同じチームメイト

 
【大学時代】
大学3年夏には最速157キロを記録。
(第5回世界大学野球選手権大会・予選リーグ対キューバ戦で打者デスパイネ)

11年のドラフト会議では野村祐輔(明大→広島)、藤岡貴裕(東洋大→ロッテ)とともに「大学ビッグ3」と呼ばれた。

▽大学時代のチームメイト
同学年:田中広輔
1学年先輩:伊志嶺翔大(ロッテ)
1学年後輩:伏見寅威(オリックス)、坂口真規(元巨人)

 
【11年ドラフト会議】
2011年ドラフト会議、
伯父の原辰徳が監督を務める巨人の単独1位指名が濃厚と噂されたが、
予想を反して日本ハムも参戦。
抽選の結果、日本ハムが交渉権を獲得。
その後日本ハム入団を拒否する意向を表明。
社会人野球や国内独立リーグ、海外のプロリーグ等に進んだ場合は2年間指名されることができないため、プロ・アマのいずれの球団にも属さず、
野球浪人をすることを選択。
東海大の卒業延期制度を利用し大学に残った。

浪人中は大学野球の規定により対外試合に出場できなかったが、
東海大野球部の施設を練習拠点とし、
自主練習や投げ込み、
チームメイト相手の紅白戦やシート打撃にも登板するなど
翌12年の巨人からのドラフト指名を待つこととなった。

【12年ドラフト会議】
翌12年のドラフト会議、
日本ハムGMの山田正雄は「その年の一番力がある選手を指名」という方針から大谷翔平(花巻東)を1位指名。

菅野を指名しなかった理由として、
1年間のブランクも考慮したという。

当初はDeNAや楽天も指名の可能性を公言していたが、巨人の単独1位指名となった。

単独指名となったのには裏(闇)の情報もあったようだ。
それはDeNAの調査書の受け取り拒否。

これには
DeNAのGM高田繁や監督の中畑清、
楽天監督の星野仙一から批判された。

菅野智之週刊ベースボール

出典:週刊ベースボールONLINE




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